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スパルタスロン というレース②

~走る。 パーソナルトレーナー の戯言。~

エントリーは抜かりなく

当時スパルタスロンへのエントリーは先着順であった。(2023年現在は優先エントリー及び抽選となっている)参加条件を満たした者が、エントリーサイトのオープンと同時に殺到する。椅子取りゲームだ。クリック合戦だ。言っておくがこれは人気アーティストのチケットではない。残暑厳しい9月のギリシャで246kmを走るという奇行に参加できるというチケットだ。それなのに30分もしないうちに椅子は埋まってしまうのである。この世界もまだまだ捨てたものではない。

日本人の参加枠は60名である。(同時。2023年は40名)開催国ギリシャに次いでの多さだ。ドイツ、イギリス、フランスといったヨーロッパの国々のほか、北米からカナダ、アメリカ。またメキシコ、ブラジル、アルゼンチンといった中南米の国々からの参加者も多い。30か国を超える国と地域から、約400名のランナーがやってくるのだ。

その参加条件は厳しい。100kmのウルトラマラソンなら男性10時間以内、女性は10時間半以内。12時間走であれば、男性120km以上、女性110km以上。24時間走だと、男性180km以上、女性170km以上など(2023年は100kmから得られる参加資格はなく、最低でも120km以上のレースが対象となっている)様々な基準があるのだが、要するにウルトラマラソンにおける「馬鹿野郎」にならなければその門は開かれないのである。

いずれにしてもまずこの椅子取りゲームをパスしなくてはならない。当然これにおいてもトレーニングが必要である。今は抽選となったため、必要のない事なのだが、この際だ。私の苦労の軌跡を是非、熱く語らせてほしい。

エントリーの流れはこうだ。まずエントリーフォームに必要項目を入力していく。氏名、住所、メールアドレス、電話番号といった具合だ。入力完了後、内容を送信する。すぐに入力したメールアドレス宛に自動返信メールが届く。返信メールに記載されている受付番号を確認する。まずここまでが第1ステップだ。この受付番号は送信が早い順に与えられる。つまりここでモタモタして送信が遅れ、返信メールに「受付番号は65番です」なんてことになれば、定員60名に対して65番目である。という意味を示し、すなわちそこで椅子取りゲームに負けたことになる。目に見えない参加希望者たちとの真剣勝負なのだ。

では第2ステップを説明しよう。第2ステップは参加資格の基準を満たした資料と顔写真の送信だ。仮に第1ステップで若い番号を手に入れたとしても、ここでモタモタしていてはいけない。この資料の送信までを終えて、晴れてエントリー完了なのである。さあ、もうひと踏ん張りだ。参加資格の基準を満たした資料とは、記録の記載された大会の完走証などの事だ。それをJPEGかPDFで送信する。顔写真も同様である。ファイル名に第1ステップで与えられた受付番号を入れなければならない。そしてメール本文にも受付番号と氏名を入力して送信する。これで完了だ。

数週間で、参加資格が満たされているかどうかの審査がおこなわれ、参加可否の通知が届く。もし受付番号が65番であったとしても、提出資料に不備がある者が多くいた場合、繰上りで参加可、という事もありうる。諦めずに最後までやることだ。

最後にこの椅子取りゲームをどう攻略したのか語っておこう。

まずエントリーの数日前にエントリーフォームのサンプルという物がアップされる。このサンプルは送信ボタンが付いていないだけで、本番とまるっきり同じである。ここでひたすら練習に励むのである。そこで疑問が生じる。端末についてだ。スマホがよいのか、パソコンがよいのか。という疑問である。どちらにもメリットとデメリットがあるが、私はスマホ一択だ。直感的でスムーズな操作性に加えて場所を選ばない利便性。オートコンプリート機能を駆使すれば文字入力などほどんど行うことなく、タップだけで入力項目をすべて埋めることが出来るのだ。

入力項目には必須項目と任意項目があるがもちろん必須項目のみを入力する。任意項目を飛ばす時、画面をどのぐらいの力で弾けばよいのか、適切に画面をスクロールさせる指の力加減を体に染み込ませる。住所の都道府県選択はドロップダウンメニューだ。こちらも適切な指の弾き加減で「静岡」を一発でたぐり寄せる。ぬかりはない。鍛錬の結果、必要項目の入力から確認までの一連の動作を1分とかからず出来るようになった。

次は第2ステップで送信するメールの準備だ。宛先、本文、添付ファイルを下書きしておく。第1ステップで与えられた受付番号を入れるだけにしておくのだ。そして返信メールで受付番号を確認後すぐさま入力して送信する。これで完璧だ。

2017年1月20日正午。エントリー開始だ。その日は金曜日である。私は有給休暇を取得した。仮に手の離せない仕事を抱えていたり、トラブルがあってエントリー出来ないという事態に見舞われたのではせっかくの練習が水泡と化してしまう。これだけは何としても避けなければならないのである。すなわち休暇を取る以外の選択肢は存在しないのだ。そんな理不尽な理由で休暇をとるのか。と思うかもしれないが、そもそもこの椅子取りゲームに勝利しなくては夢が叶わないという現実がもうすでに十分すぎるほど理不尽なのだ。道理に従っては文字通り道は開かれないのである。

サイトオープンと同時に素早くスマホの画面を開く。エントリーフォームに必要事項を入力していく。焦らず冷静に。大丈夫。練習の通りにやればいい。画面の上を指が滑らかに滑っていく。抜かりはない。完璧だ。素早く確認を済ませる。入力に不備がありエラーが表示されたら大変だ。よし、問題ない。送信するボタンをタップする。すぐさま返信メールが届く。「受付番号 2番」どうだ、見たか。完璧だ。

第2ステップのメール送信完了。ここまでわずか3分。よし。門が開いたぞ。

Iron Maiden が響く試金石

明神峠。三国峠。静岡県道147号線、山中湖小山線。静岡県駿東郡小山町と山梨県南都留郡山中湖村をつなぐ峠道だ。いつだって走る車はない。わざわざ最大勾配20%超の田舎道を走る物好きは、そういないだろう。山梨県側では山中湖と富士山の織りなす見事な眺望が眼下に映し出される。だから景勝見物に訪れる車もある。一方、静岡県側は何もない。見られたとしてもせいぜいイノシシとシカの小競り合いくらいであろう。この峠には一切の忖度がない。山の麓から頂上の稜線までたすき掛けに続く道。ほぼ直登に近い。トラバースされていないから、息つく場所がまるでない。ここが私のメインコースである。強くなる事を渇望していたら、自然とここにたどり着いたのだ。

富士スピードウェイ西ゲートを左に見ながら長い下り坂を駆け下りる。大きく左にカーブしてからしばらくすると、今度は東ゲートが見えてくる。同じく左に眺めながら通過する。1kmも走れば明神峠へ向かう分岐が見えてくる。

山中湖方面左折の標識。明神峠への分岐だ。ここまで約12kmのランニング。ここからがメインディッシュ。眼前に立ち塞がる巨大な壁。見上げた先に送電線が立っている。あの稜線に立つ送電線を目指して、山梨県境までの6.6km、700mを一気に駆け上る。ひび割れたアスファルトの道が、ほとんど暴力的に私を45分間の苦痛に晒す。

ワイヤレスイヤホンが掻き鳴らす80年代のヘヴィーメタル。スティーブ・ハリスのベースイントロ。「Wrathchild」。IRON MAIDEN初期の名曲だ。ポール・ディアノの荒々しい歌声とハリスのベースラインが坂道に入って失速した私にこれでもかと刺激を注入する。体中から汗が噴き出す。直線的に続く勾配12%の峠道。山梨県境まで6kmと書かれた標識を過ぎる。高心拍を叩く心臓の鼓動がまるでバスドラムのように響く。きっと強くなれる。この峠を走り続ければスパルタスロンはきっと近づく。稀に往来する自動車が、焦げ付いたゴムの嫌なにおいを残して走り過ぎていく。

山梨県境まで4km。勾配18%、コース最大傾斜区間。「killers」これも初期の名曲。もう20年以上前、学生時代必死にコピーした曲だ。寝る暇を惜しんでハリスのベースラインを追いかけた。「髪を切ってパンクをやるなら、デビューさせてやる。」「パンクはやらねぇ。おれはメタルをやる。」瞬く間に、押しも押されもせぬ世界的ビッグバンドへと変貌を遂げた、IRON MAIDEN。スティーブ・ハリスの鋼の信念はあの頃と何一つ変わらず、今この瞬間も私の魂を洗い続けている。

ドーナツ型の凹みが無数に配置されている。ここだけアスファルトではなくコンクリートの路面だ。あまりの急斜面に走るという行為をさせてもらえない。正直、走っても歩いても速度は変わらない。それでも絶対に歩かないと決めている。ほんのわずかでもいいから両足を宙に浮かせようと、藻掻くように脚を蹴る。

ようやく明神峠。山梨県境まで3kmの標識。噴き出す汗と乱れる呼吸を整える暇もなく、さらにここから勾配15%前後の直登がしばらく続く。1.5kmほど走ると県境の標識が見える。山梨県ではない。実は少しだけ神奈川県に入るのだ。神奈川県境で稜線をまたぎ、山の反対側に抜ける。今まで右側にあった山肌が左側に変わる。ここでようやく傾斜が緩くなる。それでも平均勾配7%はあるが、ここまでの急斜面から比べれば平地を走っているようだ。この緩斜面を利用して給水と給食を素早く済ませる。

乱れた呼吸も少し和らぎ、ようやく山梨県境だ。コース最高点。三国峠。ここから山中湖湖畔を目指して200mを一気に駆け下りる。眼下に広がる山中湖。その西に悠然と佇む霊峰富士。両者が織りなす絶景は何度見ても心を奪われる。ほとんど暴力的な45分間の苦痛に耐えた私に送られる、ささやかなご褒美である。

「山中湖交流プラザきらら」前に到着する。中間点25km。すぐさま踵を返す。休憩厳禁。来た道をまた戻るのだ。

大丈夫。これだけの難コースを幾度となく走り続けているんだ。ギリシャでも通用するはずだ。これは試金石だ。道は必ず開ける。鋼の信念でこじ開けてやるさ。ハリスのベースが脳裏でガチガチと鳴り響いている。①へ戻る ③を読む